2020年2月29日(土) 08:54
【美ぎスマ】「なますぬぐう」発祥地/下地地区嘉手苅集落
歌碑建立を検討/人頭税制時代に作られた名歌
嘉手苅の北の嶺(ニスヌンミ)の高台から南の集落一帯を望むと盆地状の土地にサトウキビ畑が広がる。集落内には御嶽が点在し御嶽由来の伝説も多い。嘉手苅は御嶽の森や屋敷を囲む巨木などが織り成す緑豊かな風光明媚な里だ。歴史は古く宮古の各地で按司(あず)たちが城を築き覇を争っていた争乱時代(1320~1380年)のころ、現在の嘉手苅や入江集落一帯は久場嘉(くばか)按司が治めていた。豪腕で知られた按司だが、いつの日か消息を断ち領民も離散した。原因は津波だったのかマラリアだったのか、いろいろ憶測があるが定かではない。一帯は荒地と化していたが琉球王府が1714年に与那覇と宮国から移住させて、嘉手苅を村建てした。嘉手苅は入江や旧上野村の上野集落も区域とする大きな集落だったが現在の戸数は約40戸と少ない。代表的な宮古民謡である「なますぬぐう」の発祥地でもある。